一人親方が業務中に負傷したとき労災保険が使えるケースと手続きを解説

2023年01月24日
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一人親方が業務中に負傷したとき労災保険が使えるケースと手続きを解説

広島労働局が公表している労災発生状況についての統計資料によると、令和3年に広島労働局管内で発生した死亡災害の件数は、11件でした。この件数は平成15年以降最も少ない数字であることから、安全への意識の高まりがうかがえます。

労災保険は、会社などに勤める労働者が仕事中や通勤中の災害によってケガや病気になってしまった場合に利用できる保険です。一人親方などの自営業者の方は労働者ではないため、原則として、労災保険からの補償を受けることができません。しかし、労災保険の特別加入制度を利用することによって、一人親方であっても例外的に労災保険による補償を受けることができます。

本コラムでは、一人親方が業務中に負傷したときに労災保険が使えるケースとその手続きについて、ベリーベスト法律事務所 福山オフィスの弁護士が解説します。

1、一人親方が現場での業務中事故に遭ったらどうなる

まず、一人親方が現場で事故に遭った場合にはどのような補償を受けることができるのかについて、一人親方が労災保険に加入しているケースとしていないケースのそれぞれに分けて解説します。

  1. (1)労災保険に加入しているケース

    労災保険は、労働者が仕事中や通勤中に災害に遭った場合のケガや病気の補償を行う保険です。
    したがって、労災保険給付を受けるためには、「労働者」であることが原則となります。

    一人親方などの自営業者については、これまでは原則として労災保険に加入することができませんでした。
    しかし、「一人親方などは外形的には労働者と変わらない部分もあることから労働者とみなして保護するべきである」という意見が言われるようになりました。
    そこで、労災保険の特別加入制度を利用することによって、一人親方であっても例外的に労災保険から補償を受けることが可能になったのです

    一人親方が労災保険の特別加入制度を利用している場合には、以下のような補償を受けることができます。

    1. ① 療養給付
      労災による傷病について病院で治療をする場合には、療養給付を受けることができます。
      労災指定病院で治療をした場合には、必要な治療を無料で受けることができます。
      労災指定病院以外の病院で治療をした場合には、後日に手続きをすることによって、窓口で支払った治療費が支給されます。
    2. ② 休業給付
      労災による傷病の療養のために働くことができなかった日が4日以上になった場合には、休業給付を受けることができます。
      休業給付では、休業1日につき給付基礎日額の60%相当額が支給されますが、休業特別支給金も合わせれば、合計80%相当額の補償を受けることができます。
    3. ③ 障害給付
      労災による傷病が治った後に障害等級1級から7級までに該当する障害が残った場合には障害年金が支給されます。
      また、労災による傷病が治った後に障害等級8級から14級までに該当する障害が残った場合には障害一時金が支給されます。
    4. ④ 傷病年金
      労災による傷病の療養開始後1年6カ月を経過した日または同日以後において、傷病が治っておらず、当該傷病による障害の程度が傷病等級に該当する場合には、傷病年金が支給されます。
    5. ⑤ 遺族給付
      労災によって死亡した場合には、その遺族に対して、遺族給付として、年金または一時金が支給されます。
    6. ⑥ 葬祭料・葬祭給付
      労災によって死亡した方の葬祭を行った場合には、葬祭料・葬祭給付が支給されます。
    7. ⑦ 介護給付
      労災により、障害年金または傷病年金を受給しており、さらに一定の障害を有して現に介護を受けている方に対しては、介護給付が支給されます。


  2. (2)労災保険に加入していないケース

    一人親方が労災保険の特別加入制度を利用していない場合には、労災保険による上記の補償を受けることはできません
    このような場合には、元請業者に対して損害賠償を請求することを検討しましょう。

    なお、一人親方が元請業者の労働者であると判断される場合には、元請け業者の労災保険を利用して補償を受けることができる場合もあります。
    労働者に該当するかどうかは、「元請業者との間の契約」といった形式面ではなく、実体として指揮命令関係にあったかどうかという実質面で判断することになります。

2、労災保険の特別加入制度とは

以下では、一人親方でも加入することができる労災保険の特別加入制度の種類や、加入するために必要になる手続きについて解説します。

  1. (1)労災保険の特別加入の手続き

    一人親方が労災保険の特別加入制度を利用する場合には、一人親方の団体(特別加入団体)を事業主としたうえで、一人親方を労働者とみなして労災保険の適用を行うことになります。
    そのため、労災保険の特別加入の手続きは、各都道府県労働局長の承認を受けた特別加入団体が行うことになっています。

    既に特別加入を承認されている団体が存在する場合には、一人親方は、当該団体に加入申し込みを行い、実際の加入手続きは当該団体が行うことになります。
    他方で、特別加入を承認されている団体が存在しない場合には、新たに特別加入団体をつくったうえで特別加入の申し込みをしなければなりません。
    なお、特別加入前に一定の業務に一定期間従事したことがある一人親方については、加入時に健康診断が必要になることがあります。
    健康診断の結果、既に疾病にかかっており就業することが難しいと判断される場合には、特別加入が認められないこともある点に注意してください

  2. (2)一人親方が労災申請の方法

    一人親方が労災事故に遭った場合には、以下のような方法によって労災申請を行います。

    1. ① 医療機関の受診
      労災によってケガをしたら、まずは医療機関を受診する必要があります。
      労災指定病院で治療を受ければ窓口で治療費を支払う必要がなくなるため、ケガを治療する際にはできるだけ労災指定病院を利用するようにしてください
    2. ② 特別加入団体への連絡
      労災事故が発生した場合には、一人親方が加入している特別加入団体に対して、労災事故が発生した日時や発生状況などについての報告を行わなければなりません。
      特別加入団体は、一人親方から提出された報告に基づいて、労災保険の給付に必要となる手続きを進めていくことになります。
      まずは、加入している特別加入団体に連絡して、所定の「労災事故報告書」を入手したのちに、必要事項を記入して特別加入団体に提出しましょう。
    3. ③ 特別加入団体から届いた請求書を病院に提出
      特別加入団体は、一人親方からの労災事故報告書をもとに「療養補償給付たる療養の給付請求書」を作成して、特別加入者である一人親方宛てに郵送します。
      請求書が送られてきたら、それを一人親方が医療機関に提出することによって、療養補償給付を受けることができます。


3、労災が認められてもすべてが補塡(ほてん)されるわけではない

労災が認められたとしても、すべての損害が補塡されるわけではありません。
労災で補塡されない損害については、元請業者に損害賠償を請求するなどの方法で対応する必要があります

  1. (1)労災保険でカバーできない部分は元請業者に請求できる可能性がある

    労働基準監督署から労災認定を受けることができれば、労災保険から療養給付や休業給付などの各種補償を受けることができます。
    しかし、労災保険からの補償にはケガや後遺障害に対する慰謝料は含まれておらず、補償内容としても損失の100%をカバーするものではありません。

    労災保険ではカバーできない損失については、元請業者に対して、損害賠償を請求できる可能性があります。
    ただし、労災認定を受けたからといっても、必ずしも損害賠償請求が認められるわけではない点に注意してください。
    元請業者に対して損害賠償請求をするためには、元請業者との間に実質的な使用従属関係があることや、元請業者に安全配慮義務違反などがあったことを証明する必要があります

  2. (2)一人親方から元請業者への損害賠償請求の事例

    以下では、一人親方から元請業者との間の実質的な使用従属関係が争われた裁判例を紹介します。

    ① 大阪高裁平成20年7月30日判決
    【事案の概要】
    原告は、30年以上大工として稼働してきた一人親方の男性です。
    住宅建築現場の2階で床や壁にコンパネをはめ込む作業をしていた際に、バランスを崩して2階から1階に転落し、頚椎(けいつい)脱臼骨折、両手関節骨折のケガを負いました。
    そして、原告は、元請の工務店に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求するために、裁判所に訴えを提起したのです。

    なお、本件では、以下のような事実関係があったようです。

    • 原告は大工道具を持参していたが、電動工具などの高価な道具は被告(工務店)のものを使用した。
    • 労災事故当日の午前中は、工務店の指示に従って作業を行っていた
    • 現場には足場や転落防止ネット・マットなどは設置されていなかった
    • 原告は、地下足袋ではなく運動靴を履いていた
    • 原告は命綱を付けていなかった


    【裁判所の判断】
    裁判所は、「原告と被告との関係は典型的な雇用契約関係とはいえないものの、実質的な使用従属関係が認められることから、被告は原告に対して安全配慮義務を負う」と判断しました。
    そして、本件の事実関係のもとでは被告には安全配慮義務違反が認められるとして、被告に対して賠償金の支払いを命じたのです。
    ただし、原告には30年以上の大工経験があること、足場などが設置されていなかった点に不満を述べなかったこと、命綱を付けず運動靴であったことなどから、原告にも落ち度があることを認めて、過失相殺が行われました。
    最終的には、損害の2割の部分についての支払いが被告に命じられたのです。

    ② 最高裁平成19年6月28日判決
    【事案の概要】
    原告は、作業場をもたず、一人で工務店の仕事を請け負っていた一人親方の大工です。
    マンションの内装工事中に、右手指3本を切断するケガを負ったことから、被告(労働基準監督署長)に対して労災申請をしたところ、不支給処分が下されたため、不支給処分の取り消しを求めて裁判所に訴訟を提起しました。

    本件の事実関係は、以下のようなものです。

    • 原告は、仕事の内容についてB社から指示を受けていたが、具体的な工法や作業手順は原告の判断で行っていた。
    • 事前にB社に連絡をすれば工期に遅れない限り自由に休むことができた
    • 特殊な道具を除いて基本的な道具はすべて原告が持ち込んだものを使用していた
    • 原告は、B社以外の工務店からの仕事を受けることを禁止されていたわけではない


    【裁判所の判断】
    裁判所は、上記の事実関係のもとでは、XとB工務店との間には実質的な使用従属関係は認められないとして、労働者災害補償法上の労働者に該当しないと判断しました。

4、弁護士に相談すべきケース

労災の被害にあった一人親方は、以下のような場合には弁護士に相談することを検討してください。

  1. (1)元請業者に対して損害賠償請求を検討している場合

    労災保険からの補償では不十分な部分については、元請業者に対して損害賠償請求をしてくことになります。
    しかし、裁判例でも判断が分かれているとおり、元請業者への損害賠償請求が認められるかどうかについては、一人親方と元請業者との間に実質的な使用従属関係が認められるか否かが重要になるのです。

    実質的な使用従属関係は、さまざまな要素を総合的に考慮して判断されます。ご自身のケースが損害賠償を請求できるケースに該当するかどうかについては、専門家である弁護士の判断が必要になります
    元請業者に対して損害賠償の請求を検討している場合は、まずは、弁護士に相談することを検討してください。

  2. (2)通勤災害に遭った場合

    仕事中や通勤中に交通事故の被害に遭った場合は、交通事故の加害者が加入する任意保険から治療費、休業損害、慰謝料といった賠償を受けることができます。
    そして、通勤災害の場合には、それにプラスして労災保険からの補償を受けられる可能性があるのです。

    労災保険を利用すべきかどうかについては、さまざまな事情を考慮して判断する必要があります
    適切な賠償額を受け取るために、まずは弁護士に相談してみましょう。

5、まとめ

労災保険の特別加入制度を利用することによって、一人親方であっても労災保険から補償を受けることが可能になります。
現場で作業をする一人親方は、労災によってケガをするリスクが高いため、労災保険への加入を忘れずに行いましょう。

労災によってケガをした場合には、労災保険から補償が受けられますが、労災保険からの補償だけでは十分な補償とはいえません。
労災保険では不足する部分については、元請業者に対して損害賠償が請求できる可能性もあります
労災の被害に遭われた方は、まずは、ベリーベスト法律事務所の弁護士にご相談ください。

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