嘱託殺人の裁判例|科される罪や殺人罪・自殺幇(ほう)助などとの違い

2023年01月24日
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嘱託殺人の裁判例|科される罪や殺人罪・自殺幇(ほう)助などとの違い

令和元年9月10日、広島地方裁判所福山支部は、長女から殺害を依頼されて自宅で長女の腹や首を複数回突き刺して失血死させたという「嘱託殺人」を行った母親に対して、懲役2年10月、執行猶予4年の判決を言い渡しました。

基本的に、人を殺してしまった場合には、殺人罪に問われることになります。しかし、被害者から殺害を依頼されて殺した場合や被害者が殺されることに同意をしていた場合には、殺人罪ではなく「嘱託殺人罪」や「承諾殺人罪」が成立する可能性があります。

本コラムでは、嘱託殺人が問題とされた裁判例を紹介しながら、嘱託殺人やそれと類似の犯罪行為について、ベリーベスト法律事務所 福山オフィスの弁護士が解説します。

1、嘱託殺人とは

まず、「嘱託殺人罪」の概要と、類似の犯罪である「殺人罪」や「承諾殺人罪」との違いについて説明します。

  1. (1)嘱託殺人とは

    嘱託殺人とは、被害者が加害者に対して自身の殺害を依頼して、その依頼に基づいて加害者が被害者を殺害することをいいます(刑法202条)。

    嘱託殺人が成立するためには、判断能力がある被害者の「真意に基づく嘱託」があったことが必要になります。
    「死ぬ」ということの意味を理解することができない幼児や認知症で判断能力が著しく低下した高齢者などの場合には、真意に基づく嘱託があったとはいないため、嘱託殺人ではなく殺人罪が成立することになります。
    嘱託殺人が成立した場合の法定刑は、6月以上7年以下の懲役または禁錮です。
    被害者の依頼に基づかない通常の殺人罪に比べると、法定刑は軽くなっています

  2. (2)嘱託殺人と類似の犯罪行為との違い

    嘱託殺人と同様に人を殺したことによって罪に問われる犯罪として、「殺人罪」や「承諾殺人罪」といったものがあります。
    人を殺すという重大な結果を伴う犯罪であるため、いずれも厳しく処罰されることになります。

    殺人罪や承諾殺人罪は、嘱託殺人とは犯罪の成立要件や刑罰などの点が、以下のように異なっています

    ① 殺人罪
    殺人罪とは、人を殺すことによって成立する犯罪です(刑法199条)。
    殺人罪が成立するためには、人を殺す故意(殺意)をもって殺害行為に及ぶことが必要となります。
    そのため、誤って人が死んでしまったという場合には、殺人罪ではなく過失致死罪が問題となります。

    嘱託殺人は、被害者の依頼に基づいて被害者の殺害を行うという点で、被害者の依頼に基づかずに行われる殺人罪とは区別されています。
    また、殺人罪が成立した場合には、死刑または無期もしくは5年以上の懲役と、嘱託殺人よりもはるかに重い罪が科されることになります

    ② 承諾殺人罪とは
    承諾殺人罪とは、被害者の承諾を得て、被害者を殺すことをいいます(刑法202条)。
    嘱託殺人も承諾殺人も被害者の同意に基づいて殺害を行うものであることから、両者をまとめて「同意殺人」と呼ぶこともあります。
    しかし、嘱託殺人は、被害者からの働きかけによって殺害するという犯罪であるのに対して、承諾殺人は加害者からの殺害の申し込みに同意をして殺害されるという点で異なっています。

    承諾殺人の法定刑は嘱託殺人の法定刑と同様であり、6月以上7年以下の懲役または禁錮と規定されています
  3. (3)安楽死と嘱託殺人

    医師が患者の苦痛を除去するために、患者の同意に基づき死に至らしめる行為をした場合も嘱託殺人が成立する余地があります。
    しかし、医師が正当な医療行為として嘱託殺人に類する行為に及んだ場合、横浜地方裁判所平成7年3月28日判決によれば、安楽死として以下の一定の要件を満たしていれば、刑事責任が否定される可能性があります(ただし、同判決は結論として殺人罪成立を肯定しています)。

    1. (1)患者が耐えがたい肉体的苦痛に苦しんでいること
    2. (2)患者は死が避けられず、その末期が迫っていること
    3. (3)患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと
    4. (4)生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること


    なお、安楽死について、正当行為として刑事責任を否定した裁判例はありません

2、嘱託殺人に類似する犯罪

嘱託殺人に類似する犯罪には、殺人罪や承諾殺人の他にも、「自殺教唆」や「自殺幇(ほう)助」があります。
以下では、自殺教唆や自殺幇助について解説します。

  1. (1)自殺教唆とは

    自殺教唆とは、自殺意思のない被害者をそそのかして、自殺意思を起こさせる犯罪です(刑法202条)。

    自殺とは、自らの自由な意思決定に基づいて、自ら生命を絶つことをいいます。
    自殺の違法性については、学説上議論があるところですが、現在の日本の法律上は犯罪ではありません。そのため、自殺をした本人が処罰されることはないのです。

    しかし、「生命は、その他の権利利益の根源なので、個人の現在の意思に反しても、国家が後見的に保護すべきである」という観点から、他人が自殺に関与することは違法であると考えられています。
    また、自殺教唆罪においては、自殺を決意させる方法には特に限定されていません。
    そのため、どのような方法であったとしても自殺意思のない人に自殺を決意させるような働きかけをすれば、自殺教唆として処罰されます。
    自殺教唆の法定刑は、6月以上7年以下の懲役または禁錮と定められています

  2. (2)自殺幇(ほう)助とは

    自殺幇助とは、自殺意思のある人の自殺を容易にする犯罪です(刑法202条)。
    幇助とは、自殺を決意している人に自殺の方法を教えたり、自殺の用具を提供するなどして既に自殺の決意をしている人に対して、自殺行為を援助したり促進したりすることをいいます。
    また、幇助の方法には、物理的な方法だけでなく、自殺の方法の教示などの心理的な方法も含まれます

    自殺教唆と自殺幇助は、いずれも意思能力のある被害者を自殺させることを内容とする犯罪であることから、両者をまとめて「自殺関与罪」と呼ぶこともあります。
    自殺幇助の法定刑も自殺教唆の法定刑と同様に、6月以上7年以下の懲役または禁錮と定められています。
    しかし、自殺意思のない人に自殺意思を引き起こして自殺をさせる自殺教唆よりも、当初から自殺意思を有している人の自殺を容易にさせる自殺幇助の方が軽い犯罪だと考えられていますので、同一の法定刑であっても実際の刑罰は自殺幇助のほうが軽くなると思われます。

3、嘱託殺人に関する裁判例

以下では、嘱託殺人が問題となった実際の裁判例や判決を紹介します。

  1. (1)神戸地方裁判所 令和2年11月9日判決

    被告人は、令和2年8月5日午後4時半過ぎ、自宅で妻(49歳)から「私を殺して」と頼まれたため、妻の依頼に応じて、妻の首をロープで絞めて殺害しました。
    被告人の妻には、身体的な病気や精神障害があったため、以前から「死にたい」と口にすることがあり、妻の介護や対応に精神的に疲弊していた被告人は、妻からの真剣な求めに断ることができず殺害を決意してしまったようです。

    神戸地方裁判所は、上記の被告人の行為について、妻の依頼に応じて殺害に及んだのは短絡的な犯行であるとしたものの、妻が、遺書を作成し、殺害方法を指示するなど自身の殺害を強く依頼しており、被告人が「応じるしかない」と思い込んだことには、同情の余地があると評価しました。
    そして、懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡しました。

  2. (2)名古屋地方裁判所 令和3年10月15日判決

    被告人は、令和3年8月5日、同居する母親(50歳)から「殺してほしい」と頼まれたため、母親の依頼に応じて、母親の頭にビニール袋をかぶせ両手で首を絞めて殺害をしました。被告人は弟とともに家計を支えていましたが、新型コロナウイルスの影響を受けて職場を解雇されてしまい、その後は祖父からの仕送りや弟の収入でやり繰りをしていました。
    しかし、それだけでは生活を維持していくことができず困窮した母親から「殺して」、「こんなつらい役任せてごめんね」などと懇願され、母親の殺害に及んだようです。

    名古屋地方裁判所は、上記の被告人の行為について、懲役3年、保護観察付き執行猶予5年の判決を言い渡しました。

  3. (3)広島地方裁判所福山支部 令和元年9月10日判決

    被告人は、令和元年6月11日、長女から殺害を依頼されて、自宅で長女の腹や首を複数回突き刺して殺害しました。

    広島地方裁判所福山支部は、上記の被告人の行為について、刑事責任を免れることはできないとしたうえで、長女は、不登校や両親の離婚話によって生きる希望を失っており、遺書を書くなど死のうとする意思は明確であったことから嘱託殺人の成立を認めました。
    そして、懲役2年10月、執行猶予4年の判決を言い渡したのです。

4、まとめ

嘱託殺人罪は、被害者の依頼に基づいて殺害をするという点で、承諾殺人罪と同じ同意殺人の罪にあたります。
また、被害者の働きかけによって殺害に及んでいることから、通常の殺人罪に比べて法定刑は軽くなっていますが、人の死亡という重大な結果を招くものであるため、実刑判決が下される可能性もあるのです。

ご家族やご友人が嘱託殺人で逮捕されてしまったという場合には、早めに弁護士に相談をすることが大切です
刑事事件のご相談は、ベリーベスト法律事務所までご連絡ください。

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